ぼくの願い事 3
ねこは 白いねこのそばに いつまでもいました
(100万回生きたねこ)
俺は、薪さんのプライベートを全然知らない。
でもただひとつ『鈴木さんという親友がいた』ということを知っている。
大学時代からの友人で、第九の室長と副室長。
恐らく鈴木さんは優秀な人だったのだろう。
あの、薪さんと肩を並べられるほどに。
そういえばーー
チリチリ、と記憶が鳴る。
鈴木さんの記憶の中の薪さんは、少し子供みたいだった。
学生時代からの親友、という立場がそうさせるのか、俺の知っているいつも少し怒ったような無表情の薪さんとは全然違った。
よく笑って、怒って、拗ねたり、お互いに軽口をたたいたりしていた。
とはいっても、俺が鈴木さんの『脳』を見たのは一回きりで、しかも時間もなかったからけっこうぶっ飛ばしてみたし、全てを見たわけじゃない。
脳の記憶というものは主のイメージに左右されるものだから、そんなものかとあまり気に留めなかったけれど……。
そして鈴木さんは薪さんを護るために、命を落としてしまった。
それほどまでに、二人の結びつきは強かったんだろう。
薪さんは……鈴木さんを失ってもなおこの仕事に身を捧げているのは何故なのかーー
あの人を突き動かしているものは、なんなのだろう?
このことを考えると思考がグルグルとまわってしまって、出口のない螺旋階段をずっと登らされているような気持ちになる。
おまけに俺は「鈴木さんに似ている」らしい。
薪さんがみているのは、俺なのか。
俺を通して鈴木さんをみているのか。
薪さんだけじゃない、雪子さんもーー。
「いやいや」
それは関係ない。
もう考えるのはやめよう。どうせ螺旋階段から出られないんだ。
不毛な思考を止めて、俺はもう一冊の絵本を手に取った。
「しろいうさぎとくろいうさぎ」
お話はとても単純で可愛らしいものだった。
しろいうさぎとくろいうさぎは毎日楽しく遊んでいて、でもある日くろいうさぎが悲しそうなのを心配したしろいうさぎが理由を問いただす。
「ぼく、ねがいごとをしているんだよ。
いつも いつも、いつまでも、きみといっしょにいられますようにってさ。」
「ねえ、そのこともっといっしょうけんめい、ねがってごらんなさいよ」
「これからさき、いつもきみといっしょにいられますように」
「じゃあ、わたしずっといっしょにいるわ」
そうして2匹は結婚し、ずっといっしょに暮らすのでしたーー
という、とてもハッピーエンドなお話だった。
『女の子はこういうのが好きだろう?』という薪さんのセリフがよみがえった。
「ははっ……薪さん、意外とこんなかわいい絵本知ってるんだ……」
いつまでも、きみといっしょにいられますように。か。
そのセリフを繰り返したら、突然顔が熱くなってきた。
ちょ………ちょっと待て!
この黒いうさぎって『あの夜』の俺と似てないか!?
薪さんは、この本の内容を知っていて俺に勧めたのだろうか?
いや!
そんな他意はなさそうだった。
俺はあの、夜。
飲み会の夜、ずっと同じメンバーで仕事ができると思っていたと大泣きしてしまって……
恥ずかしくて悲しくて。
俺はずっとーーずっと薪さんと一緒に仕事をしていくんだと思っていた。
あの人がいるだけで。それだけで良かったんだ。
冷静に考えれば、薪さんはもっと上にいく人だ。
飲み会で薪さんが語ったように、第九が全国展開すればなおさら。さらにそれを統括する立場に出世するはずだ。
でもそれを感情が受け入れられなかった。
「ぼく、ねがいごとをしているんだよ。
いつも いつも、いつまでも、きみといっしょにいられますようにってさ。」
何故か涙が溢れてきた。
この黒いうさぎのセリフが自分の心情と重なって、恥ずかしさや切なさや苦しさが襲ってくる。
ぱたぱたっとしろいうさぎの絵の上に涙が落ちた。
だれもいないのをいいことに、泣きじゃくりながら思い出した。
そうだ、あの横顔は俺の記憶じゃない。
チリチリ鳴っていた記憶が、チリン、と大きく鳴って止まる。
鈴木さんの記憶だ。
そうだな、すこし早かったなーー
また行こう、すずき。
そういった薪さんの、横顔を見つめた鈴木さんの記憶だ。
どこか子供みたいで、柔らかくて。寂しげで。
そしてーーー
『その時はもう生きてはいけない、ということなのかもしれない』
薪さんの囁くような声が頭に響く
鈴木さんが、薪さんをどう思っていたのかは俺にはわからない。
薪さんが、鈴木さんをどう思っていたのかも。
でも。
鈴木さんの見る薪さんはーー
とても。
とてもとても、綺麗だったんだ。
俺が一度も見たことがないくらいに。
俺には一度も見せたことがないような表情だった。
続く

(100万回生きたねこ)
俺は、薪さんのプライベートを全然知らない。
でもただひとつ『鈴木さんという親友がいた』ということを知っている。
大学時代からの友人で、第九の室長と副室長。
恐らく鈴木さんは優秀な人だったのだろう。
あの、薪さんと肩を並べられるほどに。
そういえばーー
チリチリ、と記憶が鳴る。
鈴木さんの記憶の中の薪さんは、少し子供みたいだった。
学生時代からの親友、という立場がそうさせるのか、俺の知っているいつも少し怒ったような無表情の薪さんとは全然違った。
よく笑って、怒って、拗ねたり、お互いに軽口をたたいたりしていた。
とはいっても、俺が鈴木さんの『脳』を見たのは一回きりで、しかも時間もなかったからけっこうぶっ飛ばしてみたし、全てを見たわけじゃない。
脳の記憶というものは主のイメージに左右されるものだから、そんなものかとあまり気に留めなかったけれど……。
そして鈴木さんは薪さんを護るために、命を落としてしまった。
それほどまでに、二人の結びつきは強かったんだろう。
薪さんは……鈴木さんを失ってもなおこの仕事に身を捧げているのは何故なのかーー
あの人を突き動かしているものは、なんなのだろう?
このことを考えると思考がグルグルとまわってしまって、出口のない螺旋階段をずっと登らされているような気持ちになる。
おまけに俺は「鈴木さんに似ている」らしい。
薪さんがみているのは、俺なのか。
俺を通して鈴木さんをみているのか。
薪さんだけじゃない、雪子さんもーー。
「いやいや」
それは関係ない。
もう考えるのはやめよう。どうせ螺旋階段から出られないんだ。
不毛な思考を止めて、俺はもう一冊の絵本を手に取った。
「しろいうさぎとくろいうさぎ」
お話はとても単純で可愛らしいものだった。
しろいうさぎとくろいうさぎは毎日楽しく遊んでいて、でもある日くろいうさぎが悲しそうなのを心配したしろいうさぎが理由を問いただす。
「ぼく、ねがいごとをしているんだよ。
いつも いつも、いつまでも、きみといっしょにいられますようにってさ。」
「ねえ、そのこともっといっしょうけんめい、ねがってごらんなさいよ」
「これからさき、いつもきみといっしょにいられますように」
「じゃあ、わたしずっといっしょにいるわ」
そうして2匹は結婚し、ずっといっしょに暮らすのでしたーー
という、とてもハッピーエンドなお話だった。
『女の子はこういうのが好きだろう?』という薪さんのセリフがよみがえった。
「ははっ……薪さん、意外とこんなかわいい絵本知ってるんだ……」
いつまでも、きみといっしょにいられますように。か。
そのセリフを繰り返したら、突然顔が熱くなってきた。
ちょ………ちょっと待て!
この黒いうさぎって『あの夜』の俺と似てないか!?
薪さんは、この本の内容を知っていて俺に勧めたのだろうか?
いや!
そんな他意はなさそうだった。
俺はあの、夜。
飲み会の夜、ずっと同じメンバーで仕事ができると思っていたと大泣きしてしまって……
恥ずかしくて悲しくて。
俺はずっとーーずっと薪さんと一緒に仕事をしていくんだと思っていた。
あの人がいるだけで。それだけで良かったんだ。
冷静に考えれば、薪さんはもっと上にいく人だ。
飲み会で薪さんが語ったように、第九が全国展開すればなおさら。さらにそれを統括する立場に出世するはずだ。
でもそれを感情が受け入れられなかった。
「ぼく、ねがいごとをしているんだよ。
いつも いつも、いつまでも、きみといっしょにいられますようにってさ。」
何故か涙が溢れてきた。
この黒いうさぎのセリフが自分の心情と重なって、恥ずかしさや切なさや苦しさが襲ってくる。
ぱたぱたっとしろいうさぎの絵の上に涙が落ちた。
だれもいないのをいいことに、泣きじゃくりながら思い出した。
そうだ、あの横顔は俺の記憶じゃない。
チリチリ鳴っていた記憶が、チリン、と大きく鳴って止まる。
鈴木さんの記憶だ。
そうだな、すこし早かったなーー
また行こう、すずき。
そういった薪さんの、横顔を見つめた鈴木さんの記憶だ。
どこか子供みたいで、柔らかくて。寂しげで。
そしてーーー
『その時はもう生きてはいけない、ということなのかもしれない』
薪さんの囁くような声が頭に響く
鈴木さんが、薪さんをどう思っていたのかは俺にはわからない。
薪さんが、鈴木さんをどう思っていたのかも。
でも。
鈴木さんの見る薪さんはーー
とても。
とてもとても、綺麗だったんだ。
俺が一度も見たことがないくらいに。
俺には一度も見せたことがないような表情だった。
続く

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