もう一度だけ君に会えるのなら(2)
いつでも探しているよ どこかに君の姿を
交差点でも 夢の中でも
こんなところにいるはずもないのに

みなとみらいは、学生のとき鈴木に時々連れてこられた。
大学からは離れていたが横浜育ちの鈴木は散策する、というとこの場所を好んだ。
2人とも仕事に就いてからはあまり来ることもなくなったが、鈴木との思い出が多く残っている場所だ。
確かに広々として気持ち良い空間だ。
山下公園や大桟橋、赤レンガパークや汽車道などを歩きながら色々な話をした。
幼い頃のこと。高校生のときのこと。
興味のある本の話や音楽の話。将来の話。
観覧車と半月のような形のホテルがいつも視界に入ってきた。まるでこの場所を見守っているように。
別に昔の思い出に浸りたいわけじゃないーー。
そう思いながらも、なぜか薪はみなとみらいに来ていた。
ただあの頃のように目的もなく歩く。うだるような暑さの中、海からの風が少しは心地よかった。
象の鼻テラスの周りでカップルや若い女性がソフトクリームを食べている。
鈴木も、あれをおごってくれたことがあった。まだ2人とも20歳にもならない頃だ。
名物の象の形をしたソフトクリームだ。
「なぜソフトクリームを象の形にするんだ?なんの意味があって?」と問うと、彼は一瞬面食らったような顔をしてそのあと笑いだした。そんなこと、俺の親父だって言ったことない。とからかわれて、薪は妙に恥ずかしくなった。
「だってカワイイだろ」
「可愛い?」
「そう。ソフトクリームにカワイイという付加価値をつける。2個のチョコチップとワッフルクッキーをつけるだけで200円くらいで売れるものが400円で売れるようになる。しかも飛ぶように。効果的でうまい戦略だよな。」
ふざけた口調ながらも確信をつくそのセリフに、お前経済方面を勉強したほうがよかったんじゃないかとからかいかえすと、彼はまた笑った。
そこを通り過ぎて歩きつづけ、大きな船が見える場所にたどり着く。
ぼんやりと船を見ながら、手すりに寄りかかる。
シーバスが海をはしっていく。
あれに乗ったこともあった。
歩いたり電車に乗ったほうが時間的にも料金的にも効率がいいのでは、という自分を鈴木は憐れむような呆れたような顔で見て「乗ってみたらわかるよ」といったのだ。
シーバスは横浜駅からベイエリアの名所を結ぶ海上バスだ。
「小学校の遠足のとき知ったんだけどさ、これってSEA BASSなんだよな。BUSじゃなく」
「SEA BASS?スズキ?魚の?」
「そうそう。淡水と海水域を行き来してるからなんだって。って意味わかんなくね?クラスのやつらにスズキだスズキだって散々からかわれてさー」
初めて乗るシーバスは確かに気持ちが良く、わざわざ乗る意味がわかった。電車や車では得られない爽快感と、イベント感。みんなこの体験を買っているのだ。
経験をしてみないと、わからないことがいっぱいある。
そのことを教えてくれたのも、鈴木だった。
その時、鈴木はエビ味のスナック菓子を近くのコンビニで買い込んで乗船していた。
「……食べるのか?」
と尋ねると、おもむろに袋を開け自分の口に放り込んだ。
「はい、薪も」
「いらない」
「まあそう言うなって」
と、ひょいと口に放り込んできた。
懐かしい、しょっぱいエビの味のスナック菓子だ。日本人なら誰もが一度くらいは食べたことのあるーー
「なんか1年に一回くらい食べたくなるよな。かっぱえびせん。」
その行動を計りかねていたら、鈴木は海にでた船からそのスナック菓子をカモメに向かって放り投げはじめた。
そのためにわざわざ買ったのか、と驚いて止める自分に、飄々と「カモメにはかっぱえびせんだろ?」と答えた。
「いや、カモメには魚だろ!?」
「だってエビだし」
などと訳のわからないことを言い、笑いながらスナック菓子を放り投げ続けた。
たくさんのカモメがよってきて、器用にそれを空中でキャッチする。ちょっとしたショーのようだった。
それを見た子供がはしゃぐ。
自分もやりたい、という見知らぬ子供にもそれを分け与えていた。
鈴木は、本当に優しい人だった。
見知らぬ子供にも、家族にも、そして友人にも。
だから、自分にも。
薪は10数年ぶりにシーバスに乗って、横浜駅に向かうことにした。
昼過ぎに第九に着くにはちょうどいい。
鈴木のようにスナック菓子を買ってカモメにやったりはしない。
ただ海を走るその船にもう一度乗ってみたくなっただけだ。
海風に吹かれながら、薪は仕事の段取りを考えていた。
やらなくてはならないことはいつも山積みだ。
でも山積みくらいがちょうどいい。
そういえば青木が今日報告書を……
青木が。
親友に似た面差しの部下を思い出して何故かまた胸が苦しくなった。
運命というものが、神らしきものがもし存在するのならそれは一体僕をどこへ運ぼうとしているのだろう?
波間のきらめく日の光が眩しくて、薪はそっと目を閉じた。
海からの風が髪をかきあげて額を撫でていくのを感じながら。
続
_____________
えー、実際のシーバスではカモメに餌はあげられません……。ご了承ください……。
象の鼻ソフトは本当に可愛いです。
実際に訪れた際はぜひ。
2045年くらいまであるかどうかは疑問ですが(笑)
若かりし薪さんと鈴木さんが(思い出の中で)いちゃいちゃしてばっかりでごめんなさい……。
追記:ちなみにこれが象の鼻カフェ名物、ぞうソフトクリームです

交差点でも 夢の中でも
こんなところにいるはずもないのに

みなとみらいは、学生のとき鈴木に時々連れてこられた。
大学からは離れていたが横浜育ちの鈴木は散策する、というとこの場所を好んだ。
2人とも仕事に就いてからはあまり来ることもなくなったが、鈴木との思い出が多く残っている場所だ。
確かに広々として気持ち良い空間だ。
山下公園や大桟橋、赤レンガパークや汽車道などを歩きながら色々な話をした。
幼い頃のこと。高校生のときのこと。
興味のある本の話や音楽の話。将来の話。
観覧車と半月のような形のホテルがいつも視界に入ってきた。まるでこの場所を見守っているように。
別に昔の思い出に浸りたいわけじゃないーー。
そう思いながらも、なぜか薪はみなとみらいに来ていた。
ただあの頃のように目的もなく歩く。うだるような暑さの中、海からの風が少しは心地よかった。
象の鼻テラスの周りでカップルや若い女性がソフトクリームを食べている。
鈴木も、あれをおごってくれたことがあった。まだ2人とも20歳にもならない頃だ。
名物の象の形をしたソフトクリームだ。
「なぜソフトクリームを象の形にするんだ?なんの意味があって?」と問うと、彼は一瞬面食らったような顔をしてそのあと笑いだした。そんなこと、俺の親父だって言ったことない。とからかわれて、薪は妙に恥ずかしくなった。
「だってカワイイだろ」
「可愛い?」
「そう。ソフトクリームにカワイイという付加価値をつける。2個のチョコチップとワッフルクッキーをつけるだけで200円くらいで売れるものが400円で売れるようになる。しかも飛ぶように。効果的でうまい戦略だよな。」
ふざけた口調ながらも確信をつくそのセリフに、お前経済方面を勉強したほうがよかったんじゃないかとからかいかえすと、彼はまた笑った。
そこを通り過ぎて歩きつづけ、大きな船が見える場所にたどり着く。
ぼんやりと船を見ながら、手すりに寄りかかる。
シーバスが海をはしっていく。
あれに乗ったこともあった。
歩いたり電車に乗ったほうが時間的にも料金的にも効率がいいのでは、という自分を鈴木は憐れむような呆れたような顔で見て「乗ってみたらわかるよ」といったのだ。
シーバスは横浜駅からベイエリアの名所を結ぶ海上バスだ。
「小学校の遠足のとき知ったんだけどさ、これってSEA BASSなんだよな。BUSじゃなく」
「SEA BASS?スズキ?魚の?」
「そうそう。淡水と海水域を行き来してるからなんだって。って意味わかんなくね?クラスのやつらにスズキだスズキだって散々からかわれてさー」
初めて乗るシーバスは確かに気持ちが良く、わざわざ乗る意味がわかった。電車や車では得られない爽快感と、イベント感。みんなこの体験を買っているのだ。
経験をしてみないと、わからないことがいっぱいある。
そのことを教えてくれたのも、鈴木だった。
その時、鈴木はエビ味のスナック菓子を近くのコンビニで買い込んで乗船していた。
「……食べるのか?」
と尋ねると、おもむろに袋を開け自分の口に放り込んだ。
「はい、薪も」
「いらない」
「まあそう言うなって」
と、ひょいと口に放り込んできた。
懐かしい、しょっぱいエビの味のスナック菓子だ。日本人なら誰もが一度くらいは食べたことのあるーー
「なんか1年に一回くらい食べたくなるよな。かっぱえびせん。」
その行動を計りかねていたら、鈴木は海にでた船からそのスナック菓子をカモメに向かって放り投げはじめた。
そのためにわざわざ買ったのか、と驚いて止める自分に、飄々と「カモメにはかっぱえびせんだろ?」と答えた。
「いや、カモメには魚だろ!?」
「だってエビだし」
などと訳のわからないことを言い、笑いながらスナック菓子を放り投げ続けた。
たくさんのカモメがよってきて、器用にそれを空中でキャッチする。ちょっとしたショーのようだった。
それを見た子供がはしゃぐ。
自分もやりたい、という見知らぬ子供にもそれを分け与えていた。
鈴木は、本当に優しい人だった。
見知らぬ子供にも、家族にも、そして友人にも。
だから、自分にも。
薪は10数年ぶりにシーバスに乗って、横浜駅に向かうことにした。
昼過ぎに第九に着くにはちょうどいい。
鈴木のようにスナック菓子を買ってカモメにやったりはしない。
ただ海を走るその船にもう一度乗ってみたくなっただけだ。
海風に吹かれながら、薪は仕事の段取りを考えていた。
やらなくてはならないことはいつも山積みだ。
でも山積みくらいがちょうどいい。
そういえば青木が今日報告書を……
青木が。
親友に似た面差しの部下を思い出して何故かまた胸が苦しくなった。
運命というものが、神らしきものがもし存在するのならそれは一体僕をどこへ運ぼうとしているのだろう?
波間のきらめく日の光が眩しくて、薪はそっと目を閉じた。
海からの風が髪をかきあげて額を撫でていくのを感じながら。
続
_____________
えー、実際のシーバスではカモメに餌はあげられません……。ご了承ください……。
象の鼻ソフトは本当に可愛いです。
実際に訪れた際はぜひ。
2045年くらいまであるかどうかは疑問ですが(笑)
若かりし薪さんと鈴木さんが(思い出の中で)いちゃいちゃしてばっかりでごめんなさい……。
追記:ちなみにこれが象の鼻カフェ名物、ぞうソフトクリームです

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