もう一度だけ君に会えるのなら(3)
寂しさ紛らすだけなら誰でもいいはずなのに
星が落ちそうな夜だから自分を偽れない
季節よ うつろわないで
ふざけあった時間よ

「薪さん!おはようございます!」
第九に着くと、黒い髪に眼鏡の新人が薪を待ち構えていた
「ああ……」
昼だけど、おはようと返すべきなのか一瞬躊躇して間の抜けた返事になる。
「薪さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
と第九の面々が挨拶をする。
「薪さん、お帰りなさい。」
岡部の言葉にも「ああ」と返して、その後続く仕事の報告を受ける。その報告がひと段落したのを見計らって青木が報告書ができたので見ていただけますか、と声をかけてきた。
「わかった。室長室に持ってきてくれ。」
と言って部屋へと向かう。
第九は、いつも通りだ。
たくさんのモニターと、コンピューターを冷やすために夏でもひんやりとした室内。
光に満ちた午前中の出来事が、まるで夢の中の事だったような気がする。
薪は机に向かい背筋を伸ばして、積まれた書類と向かい合った。
閉じられた室長室の扉を見やって小池が言葉を発する。
「……なんか、薪さんいつもとちょっと違わね?」
「どこが?」と答えるのは相棒の曽我だ。
「んー?あ、服!?なんで今日あんな真っ黒なの」
「あーネクタイもな。珍しいよな。」
小池は足を組み替えて、少し考えこむような顔をした。
「……それだけじゃなくてなんか、ちょっと……」
覇気がないというか。
いつもの威圧感がないというか。
しかしそれは口には出さなかった。
言うまでもなく第九の全員がそう思っているのをなんとなく感じ取っていたからだ。
喪服のようなスーツ。黒っぽいネクタイ。珍しい午前休。
岡部が「喋ってないで仕事しろ」と窘め、その話はそこで終わりとなった。
しかし青木はもう少し、別の違和感を感じていた。
コツコツコツ、と扉をノックする音。
「失礼します。よろしいですか?薪さん」
報告書を見て欲しいと言っていた主だ。
随分時間がかかったな。と思いつつ入るように促すと青木はずいぶんと色々なものを携えて入ってきた。
コーヒー、報告書、救急箱、タオル、ペットボトルの水。
薪は不可解さに眉をしかめる。
「あ、コーヒー淹れました。薪さんもよかったらどうぞ。」
とまずはコーヒーをテーブルに置く。
「頼んでない」
「あ、全員に淹れちゃったんで。」
次に報告書を両手で差し出し、ぺこりと頭を下げた。
「どうぞよろしくお願いします。」
「……ああ。」
なんだか学生が教授にレポートを差し出してるみたいだな。と薪は思う。
まあ無理もないのか。ほんの2年ちょっと前までは学生だったのだ。
そして青木は最後に救急箱を開き、タオルをたたみ、ペットボトルのキャップを捻った。
「あのコーヒー飲みながらでも、報告書読みながらでもいいので、脚みせてください」
「……?」
「右脚です。怪我なさってるでしょう?」
薪は先刻の事を思い出した。そうだ。自分は石畳で転んだんだった。
「怪我などしていない。」
「……でも、スーツに血が滲んでますよ。」
言われてはじめて気がついた。しかし黒のスーツだ。よくよく見ないとわからない。
「大丈夫だ。仕事に戻れ。」
「もーそういわず!手当するくらいいいじゃないですか。すぐ済みますよ。」
呆れたようにいうと素早く長身の身体を折りたたみ、薪の足元に座り込んでぐいっと脚をつかんだ。
「おい!」
「手当して遅れた分くらい残業しますよ。」
青木は人当たりがよく見えてなかなか強引だ。そんなところも鈴木に似ている。
誰も気がつかない繊細な事柄に気がつくところも。
薪はそんな事を思いながら屈み込んだ青木の後頭部をぼんやりと見つめた。
「あ、あ、あ、スーツに傷口がくっついてるじゃないですか!」
「…………。」
「痛かったら言ってください。」
「言ったら痛くないようにできるのか、お前は。」
しばらくの沈黙の後、できませんけど頑張ります。と素直に答える青木。
別に多少の痛みは我慢できる。わざわざ言ったりしない。と心の中でだけ呟いて、薪は報告書を眺めた。
タオルとペットボトルの水は、傷口を洗うためのものだったらしい。
意外な器用さで傷口を洗浄していく。
そういえば、鈴木も器用だったな。
よく自分が怪我をしたから、文句をいいながら手当してくれたっけ。
いいかげん、その自傷癖を治せ!
とよく叱られたものだ。別に自傷じゃない。いつのまにか怪我しているだけだ。と文句をいうと、なら怪我するな!とさらに怒られた。
薪がうっかり思い出にふけっていると、青木が胸の前で手のひらを合わせて何かに祈っているような、拝んでいるようなポーズを取っていた。
その伏せられた瞳の、まつ毛が意外と長いことに気がつく。
「……なにをしている?」
思わず疑問が口をついてしまった。
「あ、あっためてるんです。貼る前に一分間掌であっためてくださいって説明書にあるんで。」
湿潤型絆創膏なので。と祈りを解いて薪の傷口に掌で温めていたそれを貼り付けた。そしてさらに膝裏に左手を添え、膝上に右手を乗せて押さえつける。不意に伝わってきた人肌に驚いて思わず身体を引き離したくなった。
「……っ!」
「え、痛いですか?ちょっと我慢してくださいね。貼ったら更に一分間温めないといけないんだそうです。」
膝がすっぽり隠れてしまうくらい大きな青木の手。
少し力を入れたその腕の骨がすっとした形をつくっていて、その形も親友のものと似ていた。
手のひらの熱が膝からじわりと伝わってきて、薪はいたたまれない気持ちになる。
叫びだしていますぐここから逃げ出したいような気持ちに。
しかし、ここは職場だ。そんなわけにはいかない。
「えーと。もしなにか異常とか異変とかあったら剥がしてくださいね。白くプックリするのは正常だそうです。それで……」
「青木」
「プックリしたのが漏れたりしたら新しいのを」
「青木!!」
薪が幾分強い口調で言い放ったので青木はビクリと身を固くした。
「……もういい。下がれ。あとは自分でやれる。」
最初からそう言えばよかった。薪は苛立つ心を抑えながら、極力静かな口調で言って背を向けた。スーツのズボンの裾を下ろし、報告書を読み始めた。
青木は背後で軽い溜息をついて「では、失礼します」と頭を軽く下げコーヒーと報告書以外の持ち物をまた抱えると、退室していった。
何故だろう。
何故、あの、親友に似た男が新人として入ってきたんだろう?
単なる偶然なのか。何かの符号なのか。
薪は青木の淹れたコーヒーの匂いがやけに強く感じられて、部屋中に匂いが染み付いていくようで一口もそれを飲むことができなかった。
結局、その日の仕事は遅くまでかかった。
休んだ分は残業で埋め合わせるしかないのだ。
どちみち、家に帰ってもさしてやることなどない。
薪はそう思って自分を納得させ、第九のセキュリティをかけた。
そうだ。今日は時間が読めないから車ではなく電車だった。
第九の近くの公園を通り抜けようと歩いて行くと、見覚えのある長身のシルエットが上を見上げて立っていた。
「青木?」
ハッとしたように、そのシルエットが振り向く。
そして、ふんわりと解けるほうな笑顔を見せた。
「あ、薪さん、お疲れ様です。あれ、今日はお車じゃないんですね。」
「なにをしているんだお前。」
青木は自分より少し先に退室したはずだ。岡部と一緒に。
ああ、でも青木は確か職場から歩いて20分のマンションに住んでいるんだった。
「あ、いえ、なんか今日、珍しく星が結構見えるんですよね。」
「星?」
「風が強いからでしょうかね。」
薪も青木の言葉に空を仰ぎ見ると、確かに星がよく見えた。夏の星座が一面に図を描いている。
星空を見上げるなんていつ振りだろう?
「ああ……」
並んだ青木の肩の高さが、鈴木と同じくらいにある。
一瞬、いま隣にいるのは鈴木なんじゃないかと、錯覚しそうになった。
ふと視線を落とすと青木は手にコンビニの袋を提げていた。
その中には弁当らしきものと、スナック菓子らしきものが入っている。
栄養学の欠片もないセレクトだ。
「……それが夕飯か?」
呆れたような薪の声に、え?ああ、はい。と答えて子供のように無邪気に笑うとスナック菓子を取り出した。
「なんか久々に食べたくなってこれ買っちゃいました。かっぱえびせん。」
薪は言葉を失った。
一体、なんなんだこれは。
自分はもしかしたら、夢の中にいるんじゃないのか?
1年前のあの時からずっと見続けている夢なんじゃないのか?
もしかしたら、全てがーー。
「なんか年に一回くらい食べたくなりますよねえ。で、食べ出すととまらないんですよねー。かっぱえびせんだけに。」
あはは、と仕事時間外の気安さで笑う青木を前に、薪は凍りついたように動けなかった。
青木はその薪の様子をみて、少し困ったような表情をして、また空を見上げた。
「今日は月も綺麗ですよね。」
薪はまだ動けない。
「………月って、昼間も見えるじゃないですか」
「あ?」
青木の唐突な一言で我に返る。
「なんで月だけ昼間も見えるんだろうなって、子供のころ思っていたんですけどね。星も実はおなじようにそこにあるんですよね。太陽の光で見えないだけで。しかも月はつまるところ太陽の反射光だけで光ってるように見えるだけなのに。他の星は自分で発光してるんですよね。あ、まあ金星とか惑星も見えてるから全部じゃないにせよ、なんか不思議だなあって思って……」
「……早く帰れ。」
青木のまったく意味のない雑談を遮って、薪は駅に向かって歩き出した。
「あ、薪さん。」
青木が足早に後ろをついてくる。ガサガサと袋の揺れる音がする。薪はそのまま黙って歩みを続けた。
「薪さん」
公園の出口で、青木が少し静かな口調になって自分の名を呼んだので薪は思わず振り返ってその目を見返した。
黒い優しげな瞳が、メガネの奥で控えめに細められている。
「脚、お大事にしてください。お疲れ様でした。おやすみなさい。」
薪はそれにはなにも答えず、ふいっと青木から目をそらして駅の方向だけを見て立ち去っていった。
やれやれ。
また自分はなにか薪さんの地雷を踏んじゃったらしいーー。
青木は小さく呟いて、自分のマンションの方向へと歩き始めた。
続
___________________
湿潤型絆創膏(キズ◯ワーパッド)は、他人にやってもらうにはなんかエロい。
薪さんは怪我に対する感覚が鈍い(のかもしれない)
かっぱえびせん大活躍(笑)
今回のポイントはこの3点です。
そして青木くんはやつあたりされっぱなしです。青木くんごめんよ……
星が落ちそうな夜だから自分を偽れない
季節よ うつろわないで
ふざけあった時間よ

「薪さん!おはようございます!」
第九に着くと、黒い髪に眼鏡の新人が薪を待ち構えていた
「ああ……」
昼だけど、おはようと返すべきなのか一瞬躊躇して間の抜けた返事になる。
「薪さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
と第九の面々が挨拶をする。
「薪さん、お帰りなさい。」
岡部の言葉にも「ああ」と返して、その後続く仕事の報告を受ける。その報告がひと段落したのを見計らって青木が報告書ができたので見ていただけますか、と声をかけてきた。
「わかった。室長室に持ってきてくれ。」
と言って部屋へと向かう。
第九は、いつも通りだ。
たくさんのモニターと、コンピューターを冷やすために夏でもひんやりとした室内。
光に満ちた午前中の出来事が、まるで夢の中の事だったような気がする。
薪は机に向かい背筋を伸ばして、積まれた書類と向かい合った。
閉じられた室長室の扉を見やって小池が言葉を発する。
「……なんか、薪さんいつもとちょっと違わね?」
「どこが?」と答えるのは相棒の曽我だ。
「んー?あ、服!?なんで今日あんな真っ黒なの」
「あーネクタイもな。珍しいよな。」
小池は足を組み替えて、少し考えこむような顔をした。
「……それだけじゃなくてなんか、ちょっと……」
覇気がないというか。
いつもの威圧感がないというか。
しかしそれは口には出さなかった。
言うまでもなく第九の全員がそう思っているのをなんとなく感じ取っていたからだ。
喪服のようなスーツ。黒っぽいネクタイ。珍しい午前休。
岡部が「喋ってないで仕事しろ」と窘め、その話はそこで終わりとなった。
しかし青木はもう少し、別の違和感を感じていた。
コツコツコツ、と扉をノックする音。
「失礼します。よろしいですか?薪さん」
報告書を見て欲しいと言っていた主だ。
随分時間がかかったな。と思いつつ入るように促すと青木はずいぶんと色々なものを携えて入ってきた。
コーヒー、報告書、救急箱、タオル、ペットボトルの水。
薪は不可解さに眉をしかめる。
「あ、コーヒー淹れました。薪さんもよかったらどうぞ。」
とまずはコーヒーをテーブルに置く。
「頼んでない」
「あ、全員に淹れちゃったんで。」
次に報告書を両手で差し出し、ぺこりと頭を下げた。
「どうぞよろしくお願いします。」
「……ああ。」
なんだか学生が教授にレポートを差し出してるみたいだな。と薪は思う。
まあ無理もないのか。ほんの2年ちょっと前までは学生だったのだ。
そして青木は最後に救急箱を開き、タオルをたたみ、ペットボトルのキャップを捻った。
「あのコーヒー飲みながらでも、報告書読みながらでもいいので、脚みせてください」
「……?」
「右脚です。怪我なさってるでしょう?」
薪は先刻の事を思い出した。そうだ。自分は石畳で転んだんだった。
「怪我などしていない。」
「……でも、スーツに血が滲んでますよ。」
言われてはじめて気がついた。しかし黒のスーツだ。よくよく見ないとわからない。
「大丈夫だ。仕事に戻れ。」
「もーそういわず!手当するくらいいいじゃないですか。すぐ済みますよ。」
呆れたようにいうと素早く長身の身体を折りたたみ、薪の足元に座り込んでぐいっと脚をつかんだ。
「おい!」
「手当して遅れた分くらい残業しますよ。」
青木は人当たりがよく見えてなかなか強引だ。そんなところも鈴木に似ている。
誰も気がつかない繊細な事柄に気がつくところも。
薪はそんな事を思いながら屈み込んだ青木の後頭部をぼんやりと見つめた。
「あ、あ、あ、スーツに傷口がくっついてるじゃないですか!」
「…………。」
「痛かったら言ってください。」
「言ったら痛くないようにできるのか、お前は。」
しばらくの沈黙の後、できませんけど頑張ります。と素直に答える青木。
別に多少の痛みは我慢できる。わざわざ言ったりしない。と心の中でだけ呟いて、薪は報告書を眺めた。
タオルとペットボトルの水は、傷口を洗うためのものだったらしい。
意外な器用さで傷口を洗浄していく。
そういえば、鈴木も器用だったな。
よく自分が怪我をしたから、文句をいいながら手当してくれたっけ。
いいかげん、その自傷癖を治せ!
とよく叱られたものだ。別に自傷じゃない。いつのまにか怪我しているだけだ。と文句をいうと、なら怪我するな!とさらに怒られた。
薪がうっかり思い出にふけっていると、青木が胸の前で手のひらを合わせて何かに祈っているような、拝んでいるようなポーズを取っていた。
その伏せられた瞳の、まつ毛が意外と長いことに気がつく。
「……なにをしている?」
思わず疑問が口をついてしまった。
「あ、あっためてるんです。貼る前に一分間掌であっためてくださいって説明書にあるんで。」
湿潤型絆創膏なので。と祈りを解いて薪の傷口に掌で温めていたそれを貼り付けた。そしてさらに膝裏に左手を添え、膝上に右手を乗せて押さえつける。不意に伝わってきた人肌に驚いて思わず身体を引き離したくなった。
「……っ!」
「え、痛いですか?ちょっと我慢してくださいね。貼ったら更に一分間温めないといけないんだそうです。」
膝がすっぽり隠れてしまうくらい大きな青木の手。
少し力を入れたその腕の骨がすっとした形をつくっていて、その形も親友のものと似ていた。
手のひらの熱が膝からじわりと伝わってきて、薪はいたたまれない気持ちになる。
叫びだしていますぐここから逃げ出したいような気持ちに。
しかし、ここは職場だ。そんなわけにはいかない。
「えーと。もしなにか異常とか異変とかあったら剥がしてくださいね。白くプックリするのは正常だそうです。それで……」
「青木」
「プックリしたのが漏れたりしたら新しいのを」
「青木!!」
薪が幾分強い口調で言い放ったので青木はビクリと身を固くした。
「……もういい。下がれ。あとは自分でやれる。」
最初からそう言えばよかった。薪は苛立つ心を抑えながら、極力静かな口調で言って背を向けた。スーツのズボンの裾を下ろし、報告書を読み始めた。
青木は背後で軽い溜息をついて「では、失礼します」と頭を軽く下げコーヒーと報告書以外の持ち物をまた抱えると、退室していった。
何故だろう。
何故、あの、親友に似た男が新人として入ってきたんだろう?
単なる偶然なのか。何かの符号なのか。
薪は青木の淹れたコーヒーの匂いがやけに強く感じられて、部屋中に匂いが染み付いていくようで一口もそれを飲むことができなかった。
結局、その日の仕事は遅くまでかかった。
休んだ分は残業で埋め合わせるしかないのだ。
どちみち、家に帰ってもさしてやることなどない。
薪はそう思って自分を納得させ、第九のセキュリティをかけた。
そうだ。今日は時間が読めないから車ではなく電車だった。
第九の近くの公園を通り抜けようと歩いて行くと、見覚えのある長身のシルエットが上を見上げて立っていた。
「青木?」
ハッとしたように、そのシルエットが振り向く。
そして、ふんわりと解けるほうな笑顔を見せた。
「あ、薪さん、お疲れ様です。あれ、今日はお車じゃないんですね。」
「なにをしているんだお前。」
青木は自分より少し先に退室したはずだ。岡部と一緒に。
ああ、でも青木は確か職場から歩いて20分のマンションに住んでいるんだった。
「あ、いえ、なんか今日、珍しく星が結構見えるんですよね。」
「星?」
「風が強いからでしょうかね。」
薪も青木の言葉に空を仰ぎ見ると、確かに星がよく見えた。夏の星座が一面に図を描いている。
星空を見上げるなんていつ振りだろう?
「ああ……」
並んだ青木の肩の高さが、鈴木と同じくらいにある。
一瞬、いま隣にいるのは鈴木なんじゃないかと、錯覚しそうになった。
ふと視線を落とすと青木は手にコンビニの袋を提げていた。
その中には弁当らしきものと、スナック菓子らしきものが入っている。
栄養学の欠片もないセレクトだ。
「……それが夕飯か?」
呆れたような薪の声に、え?ああ、はい。と答えて子供のように無邪気に笑うとスナック菓子を取り出した。
「なんか久々に食べたくなってこれ買っちゃいました。かっぱえびせん。」
薪は言葉を失った。
一体、なんなんだこれは。
自分はもしかしたら、夢の中にいるんじゃないのか?
1年前のあの時からずっと見続けている夢なんじゃないのか?
もしかしたら、全てがーー。
「なんか年に一回くらい食べたくなりますよねえ。で、食べ出すととまらないんですよねー。かっぱえびせんだけに。」
あはは、と仕事時間外の気安さで笑う青木を前に、薪は凍りついたように動けなかった。
青木はその薪の様子をみて、少し困ったような表情をして、また空を見上げた。
「今日は月も綺麗ですよね。」
薪はまだ動けない。
「………月って、昼間も見えるじゃないですか」
「あ?」
青木の唐突な一言で我に返る。
「なんで月だけ昼間も見えるんだろうなって、子供のころ思っていたんですけどね。星も実はおなじようにそこにあるんですよね。太陽の光で見えないだけで。しかも月はつまるところ太陽の反射光だけで光ってるように見えるだけなのに。他の星は自分で発光してるんですよね。あ、まあ金星とか惑星も見えてるから全部じゃないにせよ、なんか不思議だなあって思って……」
「……早く帰れ。」
青木のまったく意味のない雑談を遮って、薪は駅に向かって歩き出した。
「あ、薪さん。」
青木が足早に後ろをついてくる。ガサガサと袋の揺れる音がする。薪はそのまま黙って歩みを続けた。
「薪さん」
公園の出口で、青木が少し静かな口調になって自分の名を呼んだので薪は思わず振り返ってその目を見返した。
黒い優しげな瞳が、メガネの奥で控えめに細められている。
「脚、お大事にしてください。お疲れ様でした。おやすみなさい。」
薪はそれにはなにも答えず、ふいっと青木から目をそらして駅の方向だけを見て立ち去っていった。
やれやれ。
また自分はなにか薪さんの地雷を踏んじゃったらしいーー。
青木は小さく呟いて、自分のマンションの方向へと歩き始めた。
続
___________________
湿潤型絆創膏(キズ◯ワーパッド)は、他人にやってもらうにはなんかエロい。
薪さんは怪我に対する感覚が鈍い(のかもしれない)
かっぱえびせん大活躍(笑)
今回のポイントはこの3点です。
そして青木くんはやつあたりされっぱなしです。青木くんごめんよ……
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